作:早川ふう / 所要時間 10分 / 20140411 利用規約はこちら
ピンクの手紙 −サンタさんにお願い− と、登場人物は一緒です。

さくらスターを探して

「ねぇ。さくらスターって知ってる?」


小さな女の子の、最近の口癖です。
小さな女の子は、お父さんにも、お母さんにも訊きました。


「ねぇ。さくらスターって知ってる?」


勿論、それはどの本やテレビなどでも聞いた事のない言葉でした。
お父さんも、困ったように「知らないなぁ」と言いました。
お母さんは、優しく「それってなぁに?」と訊ねましたが、
女の子は「知らないならいいの」と口をつぐんでしまいました。





女の子には、5つ年上のお兄ちゃんがいました。
お父さんやお母さんに言えないことでも、
女の子は、お兄ちゃんにだけは何でも話していました。


「ねぇ。さくらスターって知ってる?」


お兄ちゃんもやっぱりその言葉を知りませんでした。
なので、「知らないよ」と正直に答えました。


「お兄ちゃんも知らないのかあ……」


女の子はとても残念そうです。
お兄ちゃんは、訊いてみました。


「さくらスターってなぁに? お菓子の名前?」


女の子は首をふります。


「違うよ、お菓子じゃないよ」

「じゃあ何なの?」

「パパにもママにも秘密だよ?」

「わかった約束する」


女の子は、お兄ちゃんと指切りげんまんをすると、
耳元でこっそり言いました。


「さくらスターってねぇ、お星様なんだよ」

「お星様?」

「そう。ピンクの綺麗なお星様なんだよ。
 お隣のカナちゃんのお部屋で見たの」

「カナちゃんの部屋から見えるの?」

「もうないから探してるの。
 さくらスターがあれば、またきっとカナちゃん笑ってくれるもん」


なるほど。
お兄ちゃんは、何となく事情がわかりました。
お隣のカナちゃんは、女の子より2つ年上でしたが、
女の子とよく遊んでくれた子でした。
女の子は、そのカナちゃんの為に、さくらスターを探しているのです。


「カナちゃんは最近元気ないの?」

「うん……」

「だからまたさくらスターを見せてあげたいんだね?」

「うん。お兄ちゃん、探してくれる?」

「わかった。任せとけ」


お兄ちゃんは、女の子の為に、さくらスターを探すことにしました。
お兄ちゃんは、星の図鑑を持っていたので、
早速調べてみましたが、さくらスターと呼ばれる星は見つかりませんでした。


「そんな星、ないじゃないか……」


でも、女の子が嘘を言っているとはとても思えず、
お兄ちゃんは、頭を抱えてしまいました。



女の子は、お兄ちゃんに会う度に、
「さくらスター、見つかった?」と、訊ねました。
お兄ちゃんは、その度に、
「ごめん、まだ見つからない」と、謝りました。
図書館の図鑑で調べても、
パソコンで検索してみても、
どうしてもわからなかったのです。

……春が過ぎ、夏が来ました。
暑い暑い夏。
女の子は白く涼しい部屋で、カナちゃんのことを思い出していました。


「さくらスターはね、とっても可愛いピンクのお星様だったの。
 カナちゃん、さくらスターを見て、とっても嬉しそうだったの。
 きっとカナちゃん、さくらスターみたいになりたかったんだと思うな……」


もう、女の子は、さくらスターを探して、とは言いませんでした。


「そっか。……きっとなれたと思うよ。さくらスターみたいに」


お兄ちゃんも、そう言って、女の子の手を握り締めました。




そうして、夏が過ぎ、秋が来て、冬が過ぎ、また、春が来ます。
幾度も季節を繰り返していくうちに、
お兄ちゃんはもう、さくらスター、なんて言葉は忘れていました。

さくらスターを探した日々は、もう何年前になるのでしょう。
それでも、……お兄ちゃんはそれを見つけた瞬間、すぐ思い出すことができたのです。


「これだったのか……」


そのお花屋さんには、色とりどりの綺麗なお花がたくさん並んでいました。
その中に、さくらのように綺麗なピンク色のカーネーションがありました。
色や形もさることながら、
きちんとお世話をしていれば2ヶ月は咲いてくれるので、
とても人気がある花なのだそうです。

スプレーカーネーションの「スターチェリー」。
女の子が言っていた通りの可愛いお星様のようなお花です。

もう、カナちゃんに届けることはできませんが、
せめて、女の子に、そのお花を見せてあげようと、
お兄ちゃんは、スターチェリーを買い、女の子に会いに行きました。


「久しぶり。
 ……さくらスター、やっと見つけたよ。
 遅くなってゴメンな」


女の子は何も言いません。


「お前が、さくらスター、だなんて間違って覚えてるから悪いんだぞ」


「ごめん。お兄ちゃん。ありがとう」と、
女の子が言ってくれるといいなと思いながら……
お兄ちゃんは、さくらスターを女の子の前に、生けてあげるのでした。