作:早川ふう / 所要時間 30分 / 比率 2:0 20250318 利用規約はこちら

祈りにも似た叫び

【登場人物】

凪(なぎ)
  20代後半の男性。高校教師で担当は現国。
  生徒からは凪っちと呼ばれ、人気も高い。
  碧斗とは恋人同士。

碧斗(あおと)
  17歳高校三年生。優等生で、友達も多い。
  家族仲も良好だが、思春期特有の不安定な部分を誰にも見せられないでいる。
  凪とは恋人同士。


(碧斗の部屋。勉強していて一段落ついたところにスマホが鳴る)

碧斗  勉強中、スマホに待ちに待ったメッセージがあらわれた。

凪   『今、帰りなんだけど、何か買ってく?』

碧斗  既読をつけるが、返事はせず、次のメッセージを待つ。

凪   『ごめん。送り先間違えた!』

碧斗  ここまでが定型文。
    この暗号の意味は【今から近くのコンビニで15分だけ待つ】だ。

碧斗  「ちょっとコンビニ行ってくる。すぐ帰るからー」


(コンビニ前の喫煙スペースで煙草を吸っている凪のもとに、駆け寄る碧斗)

凪   「よう。早かったね」

碧斗  「また煙草。禁煙するんじゃなかったっけ?」

凪   「俺には向いてない。人生諦めが肝心だからな」

碧斗  「それ学校でも同じこと言える?」

凪   「言えるわけないだろう。仕事ではちゃんと指導するさ」

碧斗  「自分はいいのに?」

凪   「成人していれば自己責任なの」

碧斗  「俺も早く成人したい」

凪   「あと少しじゃないか」

碧斗  「その少しが長いんじゃん」

凪   「確かに。
    さて、未来ある若者に副流煙はよくないな。(言いながら煙草を消す)
    店入ろう。買い物付き合って」

碧斗  「いいよ」

凪   「あ、何か買うなら一緒に買うよ」

碧斗  「ラッキー。喉渇いたから飲み物欲しい」

凪   「そんなに急いで来るほど俺に会いたかったの?」

碧斗  「別に急いで来たわけじゃないし」

凪   「会いたかった、は否定しないんだ」

碧斗  「それは、だって、そうだもん」

凪   「可愛いやつ」

碧斗  「うるさい」

凪   「ははは」

碧斗  「だってさあ、平日は毎日顔見てはいるけど、
    それが会ってるってわけじゃないじゃん」

凪   「んー、痛いこと言うなあ」

碧斗  「それに今日は土曜日だし。……だから会えて嬉しい」

凪   「うん、俺も。
    ……今日さ、さっきまで部活で、学校にいたんだよ」

碧斗  「えーそうだったんだ、お疲れ様」

凪   「ありがとう。
    一日頑張ったし、腹も減ったから
    コンビニ行って元気をチャージしてもいいだろうと思ってね」

碧斗  「ふふ。いいと思うよ。
    俺もちょうど勉強ひと段落ついたところだったからよかった」

凪   「正しくは、いちだんらく、な」

碧斗  「うわー、職業病うざっ」

凪   「うざいとか言うなよ、普通に傷つく」

碧斗  「ごめんなさい」

凪   「……飲み物何にする?」

碧斗  「午後ティーかな。ストレート」

凪   「あれ、いつもレモンじゃなかったっけ?」

碧斗  「学校ではレモン飲んでることが多いけど、
    ストレートもミルクも飲むよ」

凪   「なるほど、碧斗は午後ティー自体が好きなんだね」

碧斗  「まぁそうかな。コーヒーの良さはまだわからない年頃なんで」

凪   「何だそりゃ。年齢関係ある話か?」

碧斗  「だって先生コーヒー派じゃん」

凪   「朝飲むなら微糖、夜飲むならカフェラテってだけだよ」

碧斗  「カフェイン摂りすぎ注意」

凪   「そりゃそっちもだろう。
    お前たちはすぐエナドリがぶ飲みするから、見てるこっちが冷や冷やする」

碧斗  「俺はそういうことしないもん」

凪   「ならいいけどさ。
    あ、最近肌荒れしてるんだよなー、サラダ買うか」

碧斗  「これ、柚子のドレッシングついてるやつ美味しいよ」

凪   「へぇ、じゃあそれにするわ」

碧斗  「あ」(スマホに母親からのメッセージが表示される)

凪   「どうした?」

碧斗  「んー、母親が、雑誌があったら買ってきてほしいって」

凪   「雑誌?」

碧斗  「好きなアイドルが表紙なんだってさー」

凪   「お母さんアイドルにハマってるのか」

碧斗  「うん。一年くらい前からめっちゃハマってる。
    部屋にポスターとか貼ってるし、
    祭壇みたいなの作ってCDとかグッズとか飾ってるんだよね」

凪   「それはガチだな。
    碧斗のお母さん、そういうのにハマりそうなイメージなかったけど、
    意外に可愛いところあるんだ」

碧斗  「……先生、恋人の母親を可愛いって褒めるのはどうかと思います」

凪   「それは失礼いたしました。他意はございません」

碧斗  「俺、恋人、だよね?」

凪   「恋人だよ。……不安?」

碧斗  「ちょっとだけね」

凪   「勉強、煮詰まってるのか?」

碧斗  「うーん、どうだろ。
    まだ安全圏じゃないから、ちょっとだけ焦るときも、あるけど」

凪   「まだじゅうぶん時間もあるんだし、大丈夫だ、碧斗なら絶対やれるよ」

碧斗  「うん、ありがと」

凪   「それに、もし失敗するようなことがあったらさ、」

碧斗  「え、ちょっと、上げたあとで落とさないでよ」

凪   「だから、もしって言ってるだろ。
    もしそうなったら。
    俺のところに来ればいいって言いたかったんだよ」

碧斗  「何それ。何か、プロポーズみたい」

凪   「そういうわけじゃないけど、
    そうだな、プロポーズする時はもっと格好つけて言うから待ってて」

碧斗  「え、する気あるの?」

凪   「あるよ」

碧斗  「あるんだ……」

凪   「碧斗は、俺とこの先の未来も一緒にいるって、考えたことはない?」

碧斗  「……あるけど、まだ、ぴんとこないっていうか、
    そういうの、考えていいことなのかもわからなかったから」

凪   「俺は色々と考えるよ。
    例えば、俺達が同級生だったらどうだったかな、とか」

碧斗  「それは俺も考えたことある」

凪   「仲良くなれてたかな?」

碧斗  「親友になれたかも」

凪   「あれ? 恋人じゃないのか?」

碧斗  「そこから発展するんだよ」

凪   「なるほどね。それならいいな。
    ……ああ、雑誌。探すんだよな?」

碧斗  「ヤバイ、忘れるところだった」

凪   「お母さん泣くぞ」

碧斗  「あー、忘れたら本当に泣きそうなんだよね」

凪   「ガチ勢を悲しませたらいけない」

碧斗  「……でも、ないっぽいなぁ」

凪   「そっか。お母さん残念。明日本屋で買ってください」

碧斗  「……よかった」

凪   「え?」

碧斗  「んーん、なんでもない」

凪   「あと欲しいものなければ買っちゃうけど」

碧斗  「ありがと、大丈夫」

凪   「お願いしまーす。
    ……あ、あたためいらないです。袋だけお願いします。
    ……カードで。……どうもー」

碧斗  「……カードで払うのって大人だなって思う」

凪   「何言ってるんだ。碧斗だって電子マネーで支払ったりするだろう。
    同じだよ、同じ」

碧斗  「同じじゃないよ」

凪   「……そういうもんかね」

(コンビニを出る二人)

碧斗  「……もう、帰っちゃう?」

凪   「勉強してたんだろう」

碧斗  「そうだけどさ」

凪   「ほら、午後ティー」

碧斗  「ありがとう」

凪   「……車、乗るか?」

碧斗  「いいの?」

凪   「ここで立ち話してるのもなんだしな」

碧斗  「……でも車は、……見られたらまずくない?」

凪   「お前すぐそうやって気を遣うんだから」

碧斗  「先生が楽天的すぎるんだよ」

凪   「しっかりしてるのはいいことだけど、」

碧斗  「(遮って)あーあー何か言われたくないこと聞こえてる気がする!」

凪   「そうかな?」

碧斗  「子供扱いしようとしてなかった?」

凪   「……してた。悪い」

碧斗  「やっぱり」

凪   「よくわかったな」

碧斗  「わかるよ。好きだもん」

凪   「そうか。俺もだよ」

碧斗  「うん」

凪   「お詫びに車で送るよ。乗って」

碧斗  「……わかった。甘えます」

(車に乗り込む二人)

凪   「助手席、きつかったら自分で調節してね」

碧斗  「はーい。あ、袋持ってなくて平気?」

凪   「大丈夫。汁物ないし、後ろに置いとく。ありがとう」

碧斗  「んーん」

凪   「ちょっとだけ遠回りするかもしれないけど、いいか?」

碧斗  「いいよ。嬉しい」

凪   「家、連絡しとく?」

碧斗  「そうする。雑誌なかったって言っとかないと」

凪   「えらいえらい」

碧斗  「また子供扱い」

凪   「これもそうなる? 厳しいなあ」

碧斗  「……ごめん」

凪   「謝ることじゃないよ」

碧斗  「……先生」

凪   「ん?」

碧斗  「俺、先生に甘えてるよね」

凪   「甘えられるのは嬉しいけど?」

碧斗  「そうじゃなくて。
    子供扱いされたくないのに、先生って呼んでちゃ意味ないなあって」

凪   「皆みたいに凪っちって呼ぶ?」

碧斗  「絶対嫌」

凪   「だよな」

碧斗  「……凪」

凪   「うん?」

碧斗  「……凪って呼ぶの、ちょっと勇気いる」

凪   「どうして?」

碧斗  「年上の人を呼び捨てにするって普通じゃありえないし」

凪   「恋人だからいいんです」

碧斗  「わかってるけど、なんか、慣れないの」

凪   「早く慣れて」

碧斗  「慣れすぎてもまずいよ。
    卒業するまでは、……ちゃんと先生って呼んでないといけないし」

凪   「……そうだね」

碧斗  「……凪」

凪   「うん?」

碧斗  「……帰りたくない」

凪   「おお……、それは爆弾発言だなあ」

碧斗  「困る?」

凪   「困りはしないけど、俺の中の理性と欲望が大戦争を始めてしまう」

碧斗  「理性と欲望、お互いの言い分は何て?」

凪   「『信頼して車に乗ってくれてるんだから、ちゃんと送り届けなきゃいけません』
    『いやいやそこは恋人として、かっこよく攫っていきましょう』
    『未成年を連れ出してはいけない。教師としての自分を思い出せ!』
    『今は恋人の望みを叶えてもいいんじゃないかなあ』
    とかかな……いやー大接戦だ」

碧斗  「本当に攫ってって言ったら、攫ってくれる?」

凪   「攫うよ。……攫っていい時だったらね」

碧斗  「今はだめなの?」

凪   「碧斗が行きたい大学があるの知ってるしなあ」

碧斗  「だめかあ」

凪   「だめではないけど」

碧斗  「でも今は攫わないんでしょ」

凪   「あまり煽ってくれるなよ」

碧斗  「……困らせてごめん」

凪   「困ってないさ」

碧斗  「ねえ凪」

凪   「んー?」

碧斗  「凪はどうして俺なんかがいいの?」

凪   「ふっ、またそれ言ったな?」

碧斗  「だって……」

凪   「何回言ってもわかりゃしないんだから」

碧斗  「何回言われても、思っちゃうし。
    先生の生徒はいっぱいいるのに、どうして俺なんかが選ばれたんだろうって」

凪   「選ばれたって、お前が告白してきたんだろう」

碧斗  「まさか受け入れてくれるとは思わないじゃん」

凪   「勝算ナシで告白した勇気がすごい。若さかな?」

碧斗  「ねえ、どうして、俺なんかと付き合ってくれたの?」

凪   「また言った。
    あのなあ。俺なんか、じゃないからな。
    碧斗だから、好きなんだよ。
    理屈じゃないんだ。    
    理屈だったら、そもそも教え子に手を出したりするもんか」

碧斗  「凪はさ、皆の兄貴って感じで、親しみやすくて、
    でも生徒のことちゃんと見てて、すごくいい先生だよ。
    いつの間にか、先生としてじゃなくて、
    一人の男の人として、好きになってた。
    でも、俺はさ……何もない、普通の生徒なのに」

凪   「何もなくない。
    真面目で、努力家で、勉強も委員会もちゃんとやってくれてて、
    友達とも仲良くしてて、ぱっと見普通の、いい生徒なんだけどな。
    思春期特有の危うさがあって、繊細さっていうのかな。
    ふとした時に見せる憂いのある表情が、何かよかったっていうか。
    心を鷲掴みされたっていうか。
    教師と生徒だし、男同士だしって、我慢していたところに告白されたんだ、
    そりゃ喜んで付き合うだろう?」

碧斗  「……でも、俺は子供だし、凪にとっていい恋人じゃないでしょ。
    迷惑にしかなってないんじゃないかなって」

凪   「そんなことないよ。
    迷惑とか言うな、俺まで悲しくなる」

碧斗  「……ごめん」

凪   「碧斗は、本当に攫ってやらないと、わからないんだろうね」

碧斗  「そうかもしれない」

凪   「また理性と欲望の戦いが始まってしまうなー」

碧斗  「欲望頑張れー」

凪   「こら」

碧斗  「へへへ。
    あ、午後ティー飲んでもいい?」

凪   「いいよ」

碧斗  「いただきまーす」

凪   「……実は今日さ、地味に俺の夢が叶ってるんだ」

碧斗  「凪の夢? なあに?」

凪   「恋人とドライブ」

碧斗  「え?」

凪   「車買ってから、まだ一度もドライブデートしたことなかったんだ」

碧斗  「俺が、初めて?」

凪   「そうだよ。だから嬉しい」

碧斗  「……そうなんだ」

凪   「大人っていってもさ、やるべきことが多くなるだけで、
    劇的に精神年齢があがってるってわけじゃない。
    碧斗が思うほど、俺達に差はないよ」

碧斗  「うん、……そうなのかも」

凪   「わかるか?」

碧斗  「うん。あのね。俺も、ね。今日、夢、叶ったんだよ」

凪   「碧斗の夢は何?」

碧斗  「凪と、休日に出かけたいって思ってたんだ、ずっと」

凪   「厳密にいえば、出かけてるわけじゃなくて、帰ってるだけだけどな」

碧斗  「それでも嬉しい。
    先生と生徒でいる間は、叶うわけないって思ってたから」

凪   「そうか」

碧斗  「でも、考えてみれば、卒業したら夢が叶うってわけでもないんだよね。
    人と人なんだから、何が起こるかなんてわからないんだもん」

凪   「確かに。何がいつどうなるかなんて、誰にもわからないよ」

碧斗  「うん、そうなんだよね」

凪   「我慢させてしまうこともたくさんあるだろうけど、
    一緒にいられる限りは、一緒にいたいと思ってる」

碧斗  「うん、俺も。そう思ってる」

凪   「俺、本当は、もう一つ夢があるんだよね」

碧斗  「どんな?」

凪   「信号待ちで止まった時に、助手席の恋人にキスをしてさ。
    青になるまで唇を重ねてて、後ろからクラクション鳴らされたいなって」

碧斗  「それが夢? えー……それ大人としてどうなの。ありなの?」

凪   「想像したか?」

碧斗  「してません」

凪   「興奮したろ」

碧斗  「するわけないし」

凪   「俺は考えるだけで興奮するよ」

碧斗  「それは、凪が馬鹿なんだよ」

凪   「えー」

碧斗  「いい子にしてて」

凪   「はいはい」

碧斗  「そしたら、その夢……卒業したら、叶えてあげるから」

凪   「言ったな? ちゃんと覚えてろよ? 楽しみにしてるから」

碧斗  「うん。ちゃんと覚えてる」

凪   「約束な」

碧斗  「凪は、好きな時にキスすることもできない恋人で、本当にいいの?」

凪   「碧斗がいいんだ。何度も言わせるなよ」

碧斗  「……うん」

凪   「それに、俺だって同じこと返せるんだからな」

碧斗  「え? どういうこと?」

凪   「放課後、一緒に肩を並べて帰ることもできない。
    気軽にキスもできないし、手をつないだデートだってできない。
    同級生との恋愛の方が、楽しいことなんてたくさんあるだろう。
    教師の俺なんかと付き合っていて、つまらなくないか?」

碧斗  「できないことがあったっていい!
    凪とじゃなきゃ何も楽しくないんだから!」

凪   「ありがとう。
    ……考えてること、同じだってわかる?
    一緒だよ。一緒なんだよ。
    だから、あまり不安になるな」

碧斗  「凪も、不安になったりする?」

凪   「するよ。……どうしたって、一緒にいられない時間の方が多いんだから」

碧斗  「学校では毎日顔合わせるけどね」

凪   「だから余計切なくなる」

碧斗  「わかる」

凪   「攫いたいって欲望は、結構大きいんだぞ。
    理性に頑張ってもらって、ようやく抑え込めているけど」

碧斗  「嘘だあ」

凪   「ほんとだって」

碧斗  「……受験失敗したら攫ってくれる?」

凪   「攫うよ」

碧斗  「じゃあ、合格しなくてもいいかも」

凪   「こらこら、言霊ってあるんだから。取り消しとけ」

碧斗  「えー」

凪   「合格しても攫うから。
    正々堂々攫うから。それならいいだろう?」

碧斗  「うん、わかった。
    志望校に合格して、凪に攫ってもらいます」

凪   「よし、これで受験も大丈夫だ」

碧斗  「うん、大丈夫な気がする」

凪   「……でもさ」

碧斗  「うん?」

凪   「俺はお前が思うほど大人じゃないってこと、
    もう少し自覚してくれると助かるよ」

碧斗  「え? それどういう意味?」

凪   「さっきから言ってるだろ。
    本当に攫ったらどうするつもりなんだ」

碧斗  「……どこまでもついてく」

凪   「碧斗」

碧斗  「本気だよ」

凪   「わかってる……伝わってる。
    だから、俺の理性が負けそうになるっていうのに」

碧斗  「困った?」

凪   「少しな」

碧斗  「ごめんなさい」

凪   「いや、むしろ謝るのは俺の方。
    忘れていいよ、ごめんな」

碧斗  「凪」

凪   「大人になればなるほど、こういう時、言葉で解決するのが苦手になる。
    大人には、もっと手っ取り早い方法があるからね」

碧斗  「手っ取り早い方法って?」

凪   「未成年にはできないこと」

碧斗  「ああ……うん……」

凪   「たまに、触れたくて仕方なくなる。
    まっすぐに俺を信じてくれているその目を裏切って、
    全部、全部、奪ってしまえたらって……」

碧斗  「……」

凪   「俺の気持ちはいつか、お前を壊してしまうかもしれない」

碧斗  「いいよ、壊しても」

凪   「そんなこと軽々しく言っちゃあだめだ」

碧斗  「だって嬉しいもん」

凪   「嬉しいって……」

碧斗  「俺、凪になら、何されたっていいって思ってる」

凪   「碧斗。だめだよ」

碧斗  「わかってる。今は、だめなの、ちゃんとわかってるよ。
    でも……その時が来たら、我慢しないでいいから。
    そのかわり、全部見せて。凪の全部、俺だけに見せて」

凪   「あとで後悔したって遅いんだぞ」

碧斗  「しないよ」

凪   「どうだか」

碧斗  「凪こそ、後悔しないでね」

凪   「するわけがない」

碧斗  「どうだか」

凪   「からかうな」

碧斗  「へへへ」

凪   「……好きな人が自分を好きでいてくれているって、奇跡だと思う」

碧斗  「わかる」

凪   「俺達には年の差もあるから尚更な」

碧斗  「そうだね。立場も、あるしね」

凪   「ああ。……だから、大事にしたいんだ」

碧斗  「大事にしてくれてるの、伝わってるよ」

凪   「さっきあんな話をしたっていうのに?」

碧斗  「理性と欲望は誰にだってあるよ、俺にだってあるもん」

凪   「そっか、そうだよな。碧斗にもあるよな」

碧斗  「俺たちは同じなんでしょう、凪」

凪   「同じだよ、碧斗」

碧斗  「じゃあ、伝わるよね?」

凪   「……伝わるよ。……ありがとう」

碧斗  「早く大人になりたい」

凪   「……あと少しが、本当に長いよ」

碧斗  「今日、大人にしてくれてもいいんだよ」

凪   「……」

碧斗  「本気だからね」

凪   「……」

碧斗  「……」

凪   「攫うか」

碧斗  「……うん」

凪   「……」

碧斗  「……」

凪   「でも残念。到着してしまいました」

碧斗  「凪……」

凪   「碧斗は絶対に志望校合格するよ。
    で、皆と一緒に卒業して……俺が堂々と迎えに行くんだ」

碧斗  「その頃には成人してるもんね」



凪   車を停めて、碧斗の手を握る。

碧斗  握られた手が、途端に熱を持つ。

凪   今はこれが、精一杯。

碧斗  なんてもどかしいんだろう。



凪   「……大好きだよ」

碧斗  「俺も……大好き」