作:早川ふう / 所要時間 25分 / 比率 2:0:1 20111026 利用規約はこちら

秋と冬の間に求めたもの

【登場人物】

秋仁(あきひと)
  風俗ビルを経営するオーナー。裏では非合法の高級男娼館を経営していた。
  前作「白く、甘く、願ったもの」で、客に襲われ瀕死の状態から生還を果たす。
  人間不信。ぶっきらぼう。

冬木
  オーナーの下で働いていた部下の一人。瀕死のオーナーを助けた。
  何事にも無気力なタイプだったがオーナーに出会い憧れるようになると、
  毎日が充実しはじめ、それ以来、オーナーにある種の恩を感じている。


  冬木の連れてきた、裏営業の男娼館用の『商品』。中性的な魅力を持つので性別は不問。
  本編で語られることのない彼の過去は壮絶なもの。
  救い出してくれた冬木に恩を感じている。


秋仁   「ここが新しい店か……なかなかいい」

冬木   「ありがとうございます」

秋仁   「俺が入院している間に、よくここまでやったものだ」

冬木   「いえ、オーナーのようにはなかなか行き届かず……」


秋仁   俺の店の『商品』だった男娼に惚れ込んだ客に筋弛緩剤をうたれ、
     死の淵にいた俺を助けたのは、俺の下で働いていた冬木だった。



冬木   「あの時、警察の強制捜査を回避できたとはいえ、
     ほとぼりが冷めるまでは大人しくせざるを得なかったので……」

秋仁   「それで店を閉めたのはいい判断だ」

冬木   「勝手に申し訳ありません」

秋仁   「問題ない。……お前のところにも事情聴取が行ったか?」

冬木   「はい。もちろん、知らぬ存ぜぬで通しました」

秋仁   「あの二人が死んだことで、
     結果的にはこちらの筋書きどおりに進められたな。
     弁護士もよくやってくれた」

冬木   「そうですね」

秋仁   「警察の監視はしばらく続いただろう?」

冬木   「ええまあ。しかし、表の営業の準備を公にできたことで、
     逆に信用を得ることができましたよ」

秋仁   「これで堂々と裏の準備も始められるというものだな」

冬木   「そうですね。
     本当はオーナーが退院するまでにもう少し進めておきたかったのですが……」

秋仁   「なに、じゅうぶんだ、
     ……関係書類とスタッフはどうなっている?」

冬木   「こちらにまとめてあります」


秋仁   全てを失ったと思ったのに、俺は運がよかったのだろう。
     冬木のおかげで、また俺は、『俺の店』に戻ってくることができた。



秋仁   「冬木……ご苦労だったな」

冬木   「とんでもございません」

秋仁   「ここからもう一度、だな」

冬木   「はい……」

秋仁   「失ったものは大きいが、また手に入れてみせる」

冬木   「はい……」

秋仁   「しかし、ナオを失ったのはやはり痛いな。
     すぐ使える者を仕込む時間を考えると、裏はしばらくは無理か」

冬木   「いえ。私の判断で何人か押さえてありますので、ご確認をいただければと」

秋仁   「仕事が早いな」

冬木   「こちらが『商品』のリストです」

秋仁   「ああ。(書類を何枚も確認して)
     ん……葵? 女か?」

冬木   「女性と見まごう容姿ですが、男です」

秋仁   「ナオと毛色は違うが、……ふむ、こういうのも悪くない」

冬木   「以前飼っていた中で残った者もおりますし、
     規模を縮小すれば、営業はいけるのではないかと」

秋仁   「この葵、肝心の身体はどうなんだ? どの程度使える?」

冬木   「お時間を頂戴できるのでしたら、直接見ていただけますか。
     私ではさすがに判断がつきませんので」

秋仁   「ある程度は仕込んだのか?」

冬木   「ええ。身体の使い方は教えました。
     しかしプレイの方はさすがに私もスキルがございませんので……」

秋仁   「では毒見をしてみよう」



秋仁   以前は定期的に商品を抱いていた。
     男でも女でも、「商品」たちの「特徴」を把握し、
     商品の質の確認と、質の向上のために。
     それも仕事のうちだが、愉しんでやっていた日課でもあった。



冬木   「葵、こちらがオーナーだ」

葵    「はじめまして、葵と申します」

秋仁   「年より幼く見えるな」

葵    「そうでしょうか……」

秋仁   「まぁいい。
     お前はなぜここにいるか、自分でわかっているか?」

葵    「はい。これからのことも全て伺っています。問題はありません」

秋仁   「ずいぶんとはっきりとした返事だな。商品にしては珍しい。
     身体を売った経験でもあるのか」

葵    「……いえ」

秋仁   「コトを終えた後も、『問題ない』と言えるといいが」

葵    「大丈夫です」

秋仁   「なるほど、いい目だ。啼かせ甲斐がある。
     ……プレイ前の準備は?」

冬木   「毎日して慣らしておくようにと言ってあります。
     今日もしてあるだろう、葵?」

葵    「はい」

秋仁   「面白い。冬木、下がれ」

冬木   「はい。失礼します」

秋仁   「さて葵。……脱げ。全部だ」

葵    「…………はい」



秋仁   着痩せするのか、思ったほど華奢ではない。
     少年とも少女とも見える顔とのギャップは受けるだろう。
     これは金の卵かもしれない。



秋仁   「震えているな。…………怖いか」

葵     「……いいえ」

秋仁   「そうか。
     ならベッドに寝て、足を大きく広げてみろ」

葵    「……はい。……こう、ですか」

秋仁   「それでいい。……ふっ、よく見える」

葵    「っ……」

秋仁   「言っておくが、こんなものは恥ずかしいうちには入らない。
     どんな趣味をもっている客が来ようとも、
     その客が悦べる身体になれ」

葵     「……はい」

秋仁   「まずは、男のよさを教えてやろう」

葵    「……んっ……!」



秋仁   下手なトラウマを与えないよう、それなりに時間はかけた。
     葵は、感度も具合も申し分ない。仕込めばそれなりの値にはなりそうだった。



秋仁   「もっと身体を柔らかくした方がいい」

葵    「え……」

秋仁   「身体が硬いと拘束プレイに耐えられないからな。
     SMの素質はあるようだし、これから徐々に慣れていけ」

葵    「…………はい」

秋仁   「ひとつ言っておく。
     お前は『商品』だ。客に買われる立場だ。
     客が金を出すだけの働きができなければお前の命がある意味はない。
     ……死ぬ気で覚えろ」

葵    「わかりました」

秋仁   「冬木を呼んでこよう。後処理の仕方を教えてもらえ」

葵    「……はい」



秋仁   この時、ふとよぎった違和感に気付かなかったのはなぜだろう。
     『愉しんでいた日課』だったたはずの調教が、
     楽しくは、なかったのに……。

(間)

冬木   全ては、店のため。オーナーのため。
     汚い商売とはいっても、それを必要としている客は大勢いる。
     法律の穴をかいくぐり店を経営、繁盛させていく手腕、
     ときたま覗かせる野心すらも、自分にはない光に見えた。
     そう、私はずっと、オーナーに憧れていた……。



秋仁   「店は軌道に乗ったと判断してよさそうだな」

冬木   「はい」

秋仁   「改めて礼を言う。よくやってくれた」

冬木   「そんな、もったいない……」

秋仁   「俺はあのとき終わっていた人間だ。
     俺を踏み台にしようと思えばできただろう。……なぜ助けた?」

冬木   「それは、その……まだ学ぶものがあると思っていたからです。
     全て盗めたと思ったその時には、出し抜くかもしれません」

秋仁   「……言うじゃないか」

冬木   「もちろん冗談ですが」

秋仁   「どうだかな」


冬木   この感情は、尊敬、そして敬愛。
     それ以外の何物でもあってはいけない。
     だから、何も言えるわけがなかった。
     本当のことなんて、何も……。



冬木   「葵。昨日の客はなかなかの趣味だったからな。
     体はどうだ」

葵    「だいじょうぶ。……食欲はまだないけど。営業には問題ないよ」

冬木   「身体は資本だぞ」

葵    「わかってる。
     ……ねえ。冬木サン、嬉しそうだね。何かあったの?」

冬木   「いや。……と言っても、顔に出てしまっているかな?」

葵    「うん」

冬木   「……オーナーに、礼を言われたよ。それだけさ」

葵    「へぇ……。よかったね」

冬木   「感慨無量とはこういうことなんだろうなあと、思ってね、はは……」

葵    「ふぅん?」

冬木   「なんだその顔は」

葵    「別に」



冬木   オープンした新しい店で、葵は順調に指名客を増やしていき、
     あっという間にナンバーワンになった。
     自分が見つけた石ころを、ダイアモンドに磨き上げたようで、
     誇らしく、嬉しい気持ちもある。
     ただ ……いつしか気付いた。
     葵の瞳の中にある、揺れる感情に。



葵    「ふう……」

冬木   「つらいか?」

葵    「大丈夫だよ。少し疲れてるだけ」

冬木   「そうか」

葵    「大体、冬木サンは知ってるじゃないか。
     僕が地獄にいたことを、さ。
     ここは天国だよ……。僕にとってはね」

冬木   「……そうだったな」

葵    「感謝してる。だから頑張る。だから、大丈夫なんだよ」



冬木   葵のまっすぐな視線が痛いときがある。
     けれどそれはどうすることもできない。
     知らないふり、気付かないふりが一番だ。
     何もしない。何も発展させない。
     それが一番、平和な道だと、
     オーナーのためだと、……そう、思っていたから。

(間)

秋仁   前車の轍(てつ)を踏むわけにはいかない、と思っていた。
     定期的に商品をチェックする以外でも、目を光らせていたのはそのためで。
     だから、いち早くこの状況に気付けて、よかったのだろう。



冬木   「戻りました、葵の様子は大丈夫そうです」

秋仁   「そうか。営業に支障は?」

冬木   「本人はないと言っています。
     私の目から見ましても、問題はないと思います」



秋仁   金の卵に成長した葵の瞳が、冬木を追っている。
     冬木も、その気持ちには気付いているようだった。
     二人ともあれで隠しているつもりなのか。
     いや、それとも俺が注意深くなっただけか。



冬木   「オーナー? どちらへ?」

秋仁   「葵を確かめてこよう。あいつは大事な金の卵だからな」

冬木   「……はい」

秋仁   「お前は発注と、業者への連絡をしておけ」

冬木   「かしこまりました」



秋仁   ふん、『恋愛感情』か。そんなもの一銭にもならないだろう。
     けれど、そのくだらない感情が、
     人生の勝ち組であった嗣郎に、
     俺の店を潰し、俺の命を奪おうとするほどの行動を起こさせた。
     俺はもう、二度と油断はしない……。



葵    「……オーナー?」

秋仁   「葵、具合はどうだ」

葵    「平気です」

秋仁   「そうか……」

葵    「……? どうかなさったんですか?」

秋仁   「葵。お前……ここから出たいか」

葵    「え?」

秋仁   「出してやらないこともない」

葵    「別に……僕は出たいと望んでいるわけでは、」

秋仁   「面倒が起きてからでは遅いんだ」

葵    「どういうことですか?」

秋仁   「それはお前が一番よくわかっているんじゃないのか」

葵    「……何をおっしゃっているのかわかりません」

秋仁   「この店に固執する理由があるのか?」

葵    「固執……?
     難しいことはわかりません。
     ただ、冬木サンに救われた命だから。
     冬木サンのためにこの命を使おうって決めたんです。
     だから僕はこのままでいいんです」

秋仁   「それが迷惑だと言っている!」

葵    「どうして?」

秋仁   「わからんやつだな……!」

葵    「……あ。もしかしてオーナー、気付いてないんですか?」

秋仁   「何がだ」

葵    「……気づいてないんだ。そっか。
     あなたも、可哀想な人なんだね」

秋仁   「何だと!?」

葵    「……僕は、冬木サンのために生きようって決めたけど、
     それは冬木サンの隣にいたいわけじゃない。
     もちろん冬木サンがほしいわけでもないんです」

秋仁   「口では何とでも言えるさ」

葵    「オーナーは、僕と冬木サンがどうにかなるのが怖いんですか?」

秋仁   「怖い? 違うな。
     もう面倒ごとは二度とごめんなんだよ」

葵    「それなら余計な心配ですよ」

秋仁   「なぜそう言い切れる」

葵    「だって、冬木サンがほしいのは僕じゃない。……あなただから」

秋仁   「なっ……!?」

葵    「やっぱり気付いてなかったんですね」

秋仁   「……っ」

葵    「…………オーナー。
     僕はここの生活に何の不満もありません。本当です。
     もう、とうに終わっていたはずの命だし、執着する気もないから。
     自分が必要とされなくなるまでは生きていよう、って。それだけです」

秋仁   「……」

葵    「まぁ、好きな人の役にたちたいとは思うけど、
     ……僕、叶わない夢はみない主義なんです」

秋仁   「……そうか」

葵    「……なんてね」

秋仁   「……葵」

葵    「はい」

秋仁   「少しやつれているぞ。軽くでも食事をとれ」

葵    「はーい、ありがとうございます」



秋仁   俺はオフィスに向かった。
     とにかく冬木に訊かなければと思った。
     葵に言われた台詞が頭の中でリフレインする。



葵    『だって、冬木サンがほしいのは僕じゃない。……あなただから』



秋仁    ああ、いったいなんだってんだ、ちくしょう……!



秋仁   「冬木!」

冬木   「オーナー? どうかされましたか?」

秋仁   「質問に答えろ。嘘偽りなく、正確に、正直に」

冬木   「……? はい?」

秋仁   「……」

冬木   「なんでしょう……?」

秋仁   「お前、結婚を考えたことはあるか?」

冬木   「え、と……そうですね、
     なくはありませんが……ご縁がなくて」

秋仁   「今恋人は?」

冬木   「おりません」

秋仁   「今、……恋はしているのか」

冬木   「……っ、……はい」

秋仁   「相手は、……どこの女だ」

冬木   「女性では、ありません」

秋仁   「男か」

冬木   「はい」

秋仁   「……そうか。……片思いか?」

冬木   「ええ、けれど今は恋より仕事がしたいので。
     恋が実らなくてもいいと思っています」

秋仁   「……それは本心か?」

冬木   「ええ。相手が私の気持ちに気付くようなことでもない限り、
     告白するつもりもありません」

秋仁   「……もし、気付いているとしたら?」

冬木   「!?」

秋仁   「……」

冬木   「……もしかして、葵から何か言われましたか?」

秋仁   「……ああ」

冬木   「そうですか……」

秋仁   「……本当、なのか?」

冬木   「はい。……私はオーナーをお慕いしております」

秋仁   「嘘でも、冗談でもなく?」

冬木   「ええ。けれど……気持ちを返してもらおうとは考えていません。
     ただ、おそばでお役にたてれば、それだけでいいんです」

秋仁   「見返りは求めないのか」

冬木   「はい。葵も、その点においては私と同じなんです。
     葵の気持ちに応えなくても、私が誰を見ていても、
     葵はここで頑張ってくれていますから」

秋仁   「……お前達はどうして見返りもなく他人のために動ける?」

冬木   「たとえ一方通行でも、自分の想いと、
     そこに相手がいるだけで生まれる力があります。
     ……それを“愛”と、人は呼ぶものではありませんか?」



秋仁   愛。愛、だと……?
     厄介なだけだと思っていた。
     嗣郎とナオの愛というもののせいで、俺がどんな目にあったか……。
     だから警戒もしていたのに。まさか。こんな……。



冬木   「オーナー」

秋仁   「……なんだ」

冬木   「愛してます」

秋仁   「っ……」

冬木   「私は、あなたを愛しています……」

秋仁   「…………冬木……」

冬木   「ひとつだけ求めるものがあるとすれば、」

秋仁   「なんだ」

冬木   「私をあなたのおそばに置いてください。ずっと」

秋仁   「……それだけか」

冬木   「はい。私はオーナーと生きていきたいんです」



秋仁   何の変哲もない告白。
     テレビや本でも使われ尽くしている、安っぽい台詞だ。
     なのに……。



冬木   「あっ……オーナー!?」

秋仁   「……こういうときは、黙るものだ」(口付ける)

冬木   「……ふ……んっ……ぁっ…………」

秋仁   「……ぅっ…………ん……っ……」

冬木   「んんっ…………はぁっ、はぁ、はぁ……」



秋仁   俺は、自分の中に芽生えはじめたこの想いの正体を、考えていた。



冬木   「……オーナー?」

秋仁   「裏切るなよ」

冬木   「もちろんです」

秋仁   「……裏切ったら、絶対に赦さない」

冬木   「はい……んっ……はッ……ぅ(また口付けられている)」



秋仁   これはたぶん恋ではない。
     けれど。
     俺が求めていたものは、きっと……



葵    季節はちょうど、秋と冬のあいだ。
     ふたつの体温が、いま、重なって、溶けていく。