作:早川ふう / 所要時間 20分 / 比率 1:1 20190214 利用規約はこちら

スリーピース・バレンタイン

【このお話について】

拙作「待ち合わせ ~聖夜の東京タワー~」から1年2ヶ月後のお話。


(隆弘の帰宅を、玄関前で待ち構え、出迎える明海)

明海  「おかえりー。ハッピーバレンタイーン」

隆弘  「お、おう、ただいま。……ハッピーバレンタイン……」

明海  「ふふっ、ちゃーんとリクエストどおり、作りましたよ、ブラウニー!」

隆弘  「あ、ありがとう……」

明海  「それで〜」

隆弘  「そ、それで?」

明海  「ちょっと早いけど、一か月後のお話がしたいなーなんて」

隆弘  「えーっと、それよりもまず俺は着替えたいし荷物も置きたいし、何よりもまず家にあがりたい」

明海  「あははーすみませーん」

隆弘  「それで、その手作りブラウニーを堪能してもいないのにお返しの話をしなきゃいけないのかな?」

明海  「だって私が何も言わなきゃさ、
    どうせ、何か買い物いこう、欲しいの買ってやるよ、くらいの流れでしょ」

隆弘  「ま、まぁ……そうですねぇ」

明海  「たまにはねー、あなたが選んでくれたものが欲しいんだけどな〜。
    何をくれるかなーってドキドキしたいし、わくわくしたいのー!!」

隆弘  「とはいっても、俺にそんな甲斐性がないから、いつも買い物に誘うんだろうが。
    買ってきて【コレジャナイ】みたいな展開になるの嫌だし!!!」

明海  「だからちゃんとその話をしたいのよー」

隆弘  「う、うーん……、まぁ、俺ができることなんだったら、考えましょう」

明海  「ふふ、ありがとー!
    じゃあごはんにしよ。食後にブラウニーがあるから、軽めに作ってあるからね。
    ちゃんと腹八分目で食べてよ」

隆弘  「わかってるって。
    着替えてくる」

(リビング。食卓にて)

隆弘  「ごちそうさまでした」

明海  「お粗末さまでした」

隆弘  「……煮物に、ハート型のニンジンが入ってましたね」

明海  「あ、煮えすぎてた?」

隆弘  「いやいや、美味しかったよ」

明海  「よかった」

隆弘  「えーと、やっぱあれもバレンタイン仕様ですか」

明海  「ええ、そうですよ」

隆弘  「……なんか、意外だったな。今更ここまでバレンタインにこだわるとか」

明海  「だって。……だんだんこういうのできなくなるでしょ。
    これから……あの子が大きくなったら、どんどん手もかかるし」

隆弘  「一緒に作ればいいだろう?」

明海  「でもそれじゃ、【ママの手作り】になっちゃう」

隆弘  「え?」

明海  「ママじゃなくて、あなたの妻としての、……っていう、気持ち……伝わらない?」

隆弘  「……ああ、なるほど。そういう女心ってやつね」

明海  「そう。
    っていっても……まだちょっと複雑なのかもしれない。
    あなたが変わってくれたこと。
    あの子が生まれてきてくれたこと。
    今こうして家族でいられることは奇跡だもん、私にとっては」

隆弘  「それは、今までの俺がほんと不甲斐なかったから」

明海  「責めてるわけじゃないよ。
    私も弱かったから。
    だからこそ、今こうしていられることが嬉しい。
    でも、二人だけでいられる時間って、もうなかなか無理じゃない。
    たとえば預けてたとしてもさ、気になっちゃうし、
    どうしたって、あの子がいなかった頃のようにはいかないんだよ。
    あ、勿論、あの子がいてくれる幸せを否定してるわけじゃないよ」

隆弘  「うん、わかってるよ」

明海  「ママとしての幸せも、かみしめてるし。
    ……きついなって時もあるけどさ」

隆弘  「いつも頑張ってくれてありがとう」

明海  「……やだ、ちょっとこのタイミングで言わないでよ」

隆弘  「泣く?」

明海  「泣きたくないのにー! これからブラウニー食べるんでしょ馬鹿!」

隆弘  「ごめんごめん、食べよ、一緒に。手伝う?」

明海  「いいよ、あ、様子見ててくれる?
    でも、起こさないようにしてよ」

隆弘  「了解〜」



(リビングの隅のベビーベッドをのぞき込んでいる隆弘。
 明海がブラウニーを持ってきて、また食卓に座る二人。)

明海  「お待たせ。紅茶も淹れたよ」

隆弘  「ありがと。よく寝てるよ」

明海  「よかった。……ふふ、寝顔可愛いなあ」

隆弘  「明海そっくり」

明海  「でもこの寝相は隆弘だよね」

隆弘  「そうかあ!?」

明海  「そうだよ。ほら、食べよ」

隆弘  「うん。
    作ってくれてありがとうな。
    また明海の食べたかったんだ」

明海  「そういうこと言ってくれるから、頑張っちゃった」

隆弘  「負担かけちゃったよな、ほんとありがとう」

明海  「どういたしまして」

隆弘  「いただきます」

明海  「どうぞ」

隆弘  「(食べて)……美味いっ」

明海  「ふふふ」

隆弘  「玄関開けて、すぐ、匂いしてたから、ずっと食べたくてしょうがなかった」

明海  「あーやっぱ匂い残るよね〜」

隆弘  「ねだっておいてなんだけど、あんまり頑張りすぎなくていいからな」

明海  「え?」

隆弘  「……俺、仕事で遅くなることもあるしさ、
    明海の親は、すぐ来れる距離じゃないんだから。
    そこそこにしとかないと、身体もたないだろ」

明海  「無理はしてないよ、やりたいことやってるだけ」

隆弘  「明海は頑張りすぎるからなー、意識して休めよ」

明海  「わかったふうに言っちゃってー」

隆弘  「だってわかるからねー」

明海  「……善処します」

隆弘  「ハイハイ」

明海  「でもさ」

隆弘  「ん?」

明海  「わかるって言ってるわりには、欲しいものはわからないわけ?」

隆弘  「そ、それとこれとは話が違うかなァ……」

明海  「わー調子いいねー」

隆弘  「反撃すんなって」

明海  「ふふふ」

隆弘  「で、何が欲しいって?」

明海  「まず第五位がー」

隆弘  「まさかのランキング!?」

明海  「一応ね、ほら、どれでもいいんだけど、一応ランキングで希望をね!?」

隆弘  「はは、まぁ、いいけどさ……」

明海  「第五位が、布団」

隆弘  「布団!?」

明海  「布団っていうか、マットレスっていうか。
    急な来客用とかにも使えそうな折りたためるやつ。
    さっと使えるならお昼寝するときに使おうかなって。
    ベッドで寝ると熟睡しちゃうし、一緒に寝てたら危ないし。
    だから、床にね、さっと敷いてね?
    結構これ欲しいの、マジで」

隆弘  「そっかそっか。必要なんだったら普通に買っていいけどなあ」

明海  「えへへ、ありがと」

隆弘  「むしろ寝つき悪いんだから、いい枕とかでもよさそうだけどね」

明海  「ああ、それいいかも。
    でも枕選びに時間かかりそうだねー」

隆弘  「それはまぁ一緒に行ける時で」

明海  「うん」

隆弘  「で、第四位は?」

明海  「第四位は、……まぁ昼間ね、私がね、子供と二人っきりなわけです」

隆弘  「そうですね」

明海  「……寂しいです」

隆弘  「お、おう、ごめん」

明海  「ということで、その寂しさを紛らわせるべく!!!」

隆弘  「まぎらわせるべく!?」

明海  「今ちょっと噛みそうだったね?」

隆弘  「そんなことはない」

明海  「あ、そう」

隆弘  「それで第四位は?」

明海  「……あれほしいの、あのー……家電AIみたいなの」

隆弘  「……そんなんあった?」

明海  「ほらあれだよ、CMとかでやってるじゃん」

隆弘  「……あーーーーーあれか、○○ーなになにやってーみたいなやつ!!!」

明海  「そうそうそれ」

隆弘  「名前忘れたけど」

明海  「私も忘れた」

隆弘  「なんで忘れるの」

明海  「だって、忘れたものは忘れたのよ」

隆弘  「欲しいのに?」

明海  「うっ……だって、エアコンとか言葉で認識してつけてくれたりするよ?」

隆弘  「うん」

明海  「……アラームかけてくれるよ」

隆弘  「……で?」

明海  「……音楽も聴けるよ」

隆弘  「……」

明海  「……」

隆弘  「却下」

明海  「やっぱだめか」

隆弘  「……使ってみたいーってだけだろ。無駄になるの目に見えてる」

明海  「はーい。じゃあ第三位ー」

隆弘  「どうぞー」

明海  「春ものの洋服欲しい」

隆弘  「え?」

明海  「……去年はマタニティだったし、おととしの服は……まだちょっときついなっていうものがあってね。
    わかってるよ痩せるよ、頑張るよ、でも、その」

隆弘  「別に無理して痩せなくていいよ。
    もともと俺これくらいが好き」

明海  「私は嫌なの! 特に、二の腕とおなか!!!」

隆弘  「はいはい、わかりましたよ。
    でもそれだってさすがに一緒に買いに行くものだろ。
    俺に選んできてほしいっていうのは違うんじゃない?」

明海  「まぁね。でも第二位はちゃんと隆弘一人で買えるものだよ」

隆弘  「お、なんだなんだ」

明海  「パソコン」

隆弘  「……えっ」

明海  「新しいパソコン、欲しい」

隆弘  「……金額の桁が違うんだけどっ?」

明海  「えーーーーだめーーーー!?」

隆弘  「まぁ、今のノーパソ5年? 6年だっけ?」

明海  「うん。さすがにちょっと新しいの欲しいー」

隆弘  「必要?」

明海  「必要!!!」

隆弘  「……タブレットとかでもいいんじゃない?」

明海  「あー……そっか、それもアリだね。
    わざわざパソコンにこだわる必要もないか……」

隆弘  「ほんとにパソコンがいいならそれでもいいけど、どうせ俺も少しは使うし。
    とりあえずこれは、まぁ候補としてはいいな。
    パソコン何に使いたいかとかちゃんと教えてくれたら、それにあうようなやつ買ってくるよ」

明海  「うん、わかった、考えてみる」

隆弘  「よし。
    で、第一位は?
    車とか別荘とか言い出さないことを祈るけど」

明海  「……第一位は、……優しい男の人」

隆弘  「……は?」

明海  「うん?」

隆弘  「……あ。それって、……一応訊くけど、俺ともっと一緒にいたいとかそういう?」

明海  「あー、そうね。それもまぁあるけど。
    思い浮かべたのは、隆弘じゃなくて、他の人だったかなー」

隆弘  「なんだよそれ浮気願望か!?」

明海  「……だったらどうする?」

隆弘  「拗ねる!!!」

明海  「(ふきだす)っ……やっだ、なにそれ、あはははは」

隆弘  「笑うなよ、お前が浮気したいとか言うから!!!!」

明海  「そうは言ってないよ私は!」

隆弘  「じゃあなんだよ!!!」

明海  「……この子の時にした会話覚えてないの?
    秘密のお出かけしてきた、って言ったら、『誰と!?』って妬いてたよね」

隆弘  「え。……あっ。あーーーー!!!
    そういうことか!!!
    えっ!? えっ!? それはもう、今!? 今もうすでに!?」

明海  「違うよ! 欲しいものって言っただけ」

隆弘  「ああ、そっか……」

明海  「第一してないじゃん」

隆弘  「……確かに」

明海  「でも、一瞬すごい喜んだでしょ」

隆弘  「勘違いさせんなよ恥ずかしい」

明海  「……隆弘もすっかりパパだね」

隆弘  「いつの間にか、パパやママでいることが当たり前になってるな」

明海  「うん」

隆弘  「……けど二人目は……色々と考えないとなー。
    お前また無理しすぎるだろうし」

明海  「大丈夫だもん」

隆弘  「まぁ、一緒に、頑張っていこう」

明海  「うん。
    ……毎日大変だけど。
    つらいなって思う時も正直あるけど、でも、やっぱり幸せなんだよね。
    だから次は、男の子欲しいなーって思っちゃった。
    あなたみたいに、私や、お姉ちゃんになるこの子や、
    将来の友達やお嫁さんを大事にできる、優しい男の子」

隆弘  「そう育てられたら、いいな」

明海  「うん」

隆弘  「俺はある意味反面教師にもなれそうだし」

明海  「体験談、話してあげよーっと」

隆弘  「控えめに頼む」

明海  「はいはい」

隆弘  「とりあえずホワイトデーは第二位ってことにしておきませんかね。
    もちろん、買い物も一緒に行くけど」

明海  「うん。そうしよ。楽しみ」

隆弘  「第一位は……、ま、頑張るわ」

明海  「頑張るの?」

隆弘  「……俺が頑張らないとでしょ、色んな意味で」

明海  「そう?」

隆弘  「男の子……になるかどうかは、
    神頼みでもしておく?」

明海  「ふふふ、そうだねー。
    私も、頑張ろーっと」

隆弘  「お前はいーの、ほどほどで」

明海  「でもいざそうなったら、頑張らなきゃじゃん」

隆弘  「そーだけど、それでもほどほど!!」

明海  「はいはい、パパは心配性ですねー」

隆弘  「うるせー」

明海  「まあ、お口が悪いですねー……あ。起きた」

隆弘  「え、俺のせいで起きた?」

明海  「かもねー」

隆弘  「うそ、マジで?」

明海  「ふふ、今日お昼寝あんまりしなかったからだと思うよ」

隆弘  「そっか」

明海  「はいはい、どしたどしたーさびしかったかなー?(抱っこして)
    パパも帰ってきてますよー。嬉しいねー」

隆弘  「パパだっこするかー、おいでおいでー……っと」(赤ちゃんを抱っこする)

明海  「……少しお腹すいたね〜、ミルク作るからね〜」

隆弘  「もう少し大きくなったら、ママのブラウニー、一口だったらわけてあげるぞー。
    でも今はミルクなー」

明海  「なに赤ちゃん相手にブラウニーの話してんの、意味わかんない」

隆弘  「いやぁうちの奥さんのブラウニー世界一なんで」

明海  「あ、はーい」

隆弘  「流すなよ傷つく!!」

明海  「ふふふ、しょうがないパパですねー」

隆弘  「なんだよそれ……」

明海  「ん、ちょうどいいかなー。
    ミルクできたよぉ〜」

隆弘  「ミルクできたってーママのとこいこうなー」

明海  「ほらおいでおいでー」(明海、赤ちゃんを抱っこして、ミルクを飲ませる)

隆弘  「お、反応すごっ、秒で手伸ばした!」

明海  「もうわかるもんねー、おりこうさんだもーんって」

隆弘  「……可愛いな」

明海  「うん。可愛い」

隆弘  「……明海。……ありがとう」

明海  「なんで……私こそ……ありがとうなのに……」

隆弘  「俺今すごく幸せだからさ」

明海  「私も……幸せ……」

隆弘  「うん、……ありがとう」

明海  「ありがとう、隆弘……」