作:早川ふう / 所要時間 20分 / 比率 2:0 20160801 利用規約はこちら

Bittersweet Promise

【登場人物】

瀬崎(せざき)
  年齢はぎりぎり20代。
  10年前のクリスマスにフラれた恋を引きずっていたが、今の恋人である元木と出会い吹っ切る。

千秋(ちあき)
  年齢は30代。
  オネエのバーテンダー。パートナーは長くいないらしい。


千秋   「いらっしゃ……あーら、珍しい顔じゃない」

瀬崎   「千秋さん、久しぶり」

千秋   「瀬崎ちゃんがアタシの店に来るなんて、どういう風のふきまわし?」

瀬崎   「いや、ちょっと……。酒飲みたくなったからさ。
     こんな日のこんな時間に空いてる店ってここしか知らないし」

千秋   「今夜はいつにも増して閑古鳥が鳴いてるから……って
     やっだもう! 言わせないでよォ!」

瀬崎   「ははは、千秋さん相変わらず面白い」

千秋   「まぁいいわ、座んなさいよ」

瀬崎   「失礼します」

千秋   「ほらコート寄越して」

瀬崎   「すみません」

千秋   「いいのよ。ここはアタシの店で、瀬崎ちゃんはお客様なんだから」

瀬崎   「……はい」

千秋   「確か瀬崎ちゃん、ウィスキー好きだったわよね」

瀬崎   「ストレートを、ダブルでもらえますか」

千秋   「ダーメ」

瀬崎   「えっ、なんで。飲ませてくださいよ」

千秋   「外寒かったでしょう。今あったかいカクテル作ったげるから、
     まずはそれを飲んでからネ」

瀬崎   「……はーい」

千秋   「さてと……生クリームと、砂糖は控えめで作るわ」

瀬崎   「あ。僕の好み、覚えてたんですね」

千秋   「そりゃぁね」

瀬崎   「……千秋さん」

千秋   「なぁに?」

瀬崎   「去年ってどうしてました?」

千秋   「去年? ……去年の、今日ってこと?」

瀬崎   「店やってたんですか?」

千秋   「ええ、やってたわよ。
     雨が降ってたから、客足はそれほどでもなかったけど」

瀬崎   「恋人と過ごさなかったんですか?」

千秋   「あーら喧嘩売ってる!?
     一緒に過ごせる恋人なんてここ数年いません!」

瀬崎   「それって寂しくないですか」

千秋   「なぁに? 喧嘩売りに来たわけ!?」

瀬崎   「違いますよ! ……単純な、質問です」

千秋   「……そうね。
     この季節だし、人恋しくはあるけど。
     適当に遊んだところでもっと寂しくなるだけじゃない。
     かと言って、仕事してれば出会いの数は限られるし、
     新しい出会いを求めてる時間もないしねぇ。
     この商売である以上、しょうがないってあきらめてるわよ」

瀬崎   「……僕は、適当に遊ぶのもアリだなって思ってました」

千秋   「ふふ。瀬崎ちゃんは若いんだから、遊ぶのもいいんじゃない?」

瀬崎   「またそうやって子ども扱いする。
     少ししか変わらないじゃないですか」

千秋   「アナタまだ20代なんだから充分若いの!」

瀬崎   「ハハ。……あれ、このカクテルにそのボトル使うんですか?」

千秋   「やだやだ同業って目ざといんだから」

瀬崎   「だって珍しいなって思って」

千秋   「瀬崎ちゃんがそんなカオしてるから、ね」

瀬崎   「ああ、なるほど」

千秋   「……はぁい、お待たせ。アイリッシュコーヒー、召し上がれ」

瀬崎   「勉強させていただきます」

千秋   「こら。……今は普通に飲んで頂戴」

瀬崎   「じゃ、いただきます。…………美味い……」

千秋   「ふふ、よかった」

瀬崎   「さすが千秋さんですね」

千秋   「持ち上げても何もでないわよぉ」

瀬崎   「そんなつもりは」

千秋   「でも、瀬崎ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」

瀬崎   「……あの。何があったか、訊かないんですか?」

千秋   「話したいんだったら、聞くわよ」

瀬崎   「……こんなこと、人に話すの、ホントは嫌なんです」

千秋   「でしょうね、アナタ人を頼るタイプじゃないもの。
     人当たりはいいけど、一線ばっちり引いて、他人を踏み込ませないし、
     自分も踏み込んでいかない。
     誰も傷つけない、自分も傷つかない、小利口な大人の生き方よね」

瀬崎   「……僕、そんなんですか……小利口って……」

千秋   「少なくともアタシにはそう見えてたわよ」

瀬崎   「そうですか……」

千秋   「でもそれも過去形じゃない?
     ……今アタシのところに来たってことは……
     瀬崎ちゃんの人生を変えちゃう何かがあったからなんでしょう」

瀬崎   「……人生を変える……そうですね」

千秋   「……今、すごく苦しいカオしてるけど……
     でも、瀬崎ちゃんが生きてる、本当の表情だから、
     そういうカオを見られて、アタシちょっと嬉しいわ」

瀬崎   「意地悪ですね」

千秋   「あらっ皮肉で言ったつもりはないのよ?
     ……なにも取り繕ってない素の表情は、その人の魅力が詰まってるんだから」

瀬崎   「……もしかして僕、褒められてるんですか?」

千秋   「ふふっ、口説いてるのかもしれないわよ?」

瀬崎   「……ありがとうございます」

千秋   「……ほんっと、変わったわね。
     そこで軽口で乗っかってこないなんて」

瀬崎   「だって、慰めてくれてるんでしょう?」

千秋   「それがわかるなんて、ほーんと大人になっちゃたんだから。
     誰かしらー瀬崎ちゃんをこんなに変えたオトコって」

瀬崎   「……やっぱ、そっちカンケイだってわかります?」

千秋   「わかるわよ。
     恋して悩む、素敵な男の顔してるもの。
     アタシの大好物」

瀬崎   「ははっ趣味悪ー」

千秋   「そうなのよねー。
     誰かを好きでいる男ばっかり魅力感じちゃって!
     アタシ一生幸せになれないわーー!」

瀬崎   「そん時は、俺が幸せにしますよ」

千秋   「バカね。
     そういう台詞は、ちゃあんと身辺整理が終わってから言ってちょうだい」

瀬崎   「……そうですね。すみません」

千秋   「怒ったわけじゃないわよ。
     ただ、冗談で言われるには、ちょっとツライ台詞だから」

瀬崎   「……ごめんなさい」

千秋   「……で、何があったの?」

瀬崎   「……何があった……。
     何か、あったわけじゃ、ないんです。
     むしろ、何もないっていうか……」

千秋   「ふぅん?」

瀬崎   「……はぁ……。
     千秋さん。……約束って、あてにならないですよね」

千秋   「それは、相手と内容によるんじゃない?」

瀬崎   「恋愛における約束なんて、あってないようなもんじゃないですか」

千秋   「……アタシ達みたいなのには特に、って言いたそうね」

瀬崎   「それもありますね」

千秋   「……何か、約束を破られたの?」

瀬崎   「……僕達みたいなのに、将来の約束ってありえないじゃないですか」

千秋   「そうね、色々難しいわよね」

瀬崎   「一昨年のちょうど今日ですよ。……出会いました」

千秋   「あら、神様の思し召しかしら」

瀬崎   「運命も神様も信じてなかったけど、実際そう思いましたよ。
     ……10年引きずってた恋を忘れられるくらいの出会いだったから」

千秋   「まぁ素敵。
     そんな出会いがあったのなら、アナタが変わるのも納得ね」

瀬崎   「彼は10年付き合った恋人にフラれたばかりでした。
     お互い傷の舐めあいをしただけなんですけど……
     でも、僕は……本気で、好きになったから……」

千秋   「10年付き合った恋人を忘れたい男と、
     10年引きずった恋愛を忘れたい男……
     そんな二人が聖夜に出会って付き合うことになったの?
     んーーロマンチックねぇ〜!! アタシそういうのダイスキッッ!!
     ねぇ、その彼はどういう人なの?」

瀬崎   「……彼は……すごく、アツいヤツです。
     僕とは正反対」

千秋   「へぇ」

瀬崎   「一度家に遊びに行ったら、実家住みで。
     普通にご両親がいらして、恋人だって紹介されて、ご飯ご馳走になって」

千秋   「……カムアウトしても、そうやって家族が壊れずにいる、
     それはご両親もだし、彼も、家族が互いを尊重しているからできることよ。
     素敵な人なのね」

瀬崎   「夢みたいでした。
     彼と一緒にいる時間は。全部、夢みたいに……現実味がなかった……」

千秋   「……そんなにオープンにいられる環境、なかなかないものね……」

瀬崎   「……プロポーズされました。
     出会ってちょうど一年の、去年のクリスマスに」

千秋   「……そう」

瀬崎   「指輪と、養子縁組の紙を……もらって……
     僕は……怖くなって……」

千秋   「わかるわ。幸せが過ぎると、怖くなるものよね」

瀬崎   「僕は家族に何も話せてないし、
     ろくに連絡もしないだめな息子だから。
     ……もし彼とそうなろうとするなら、越えなきゃいけないハードルが高すぎる」

千秋   「……そうね。
     それにしても、お互い10年別のものを引きずっていたことを知っているのに、
     たった1年で未来を決めるのは結構強引なような気がするわ。
     何か事情があったの?」

瀬崎   「……彼が、転勤で……」

千秋   「ああ、なるほど」

瀬崎   「だから、1年、時間をくれって言いました。
     ……プロポーズの返事はもちろん保留。そのまま転勤する彼を見送って。
     1年なんてすぐ過ぎますよね。
     毎日きてた連絡が週末だけになって、今はもうたまにしかきません。
     離れれば、そんなものですよ。
     約束だって、1年経てば……きっとなかったことになってる」

千秋   「……なかったことになってる、って……
     まだ確かめてないってコト?
     ……1年時間をくれって言って、一年後、つまり今日、
     会う約束をしていたんじゃないの?」

瀬崎   「……彼は仕事で。
     最終の新幹線で、……こっちに来ます」

千秋   「じゃあこんなところで油売ってる暇なんてないじゃないの!」

瀬崎   「……怖くて!!!」

千秋   「!」

瀬崎   「……怖いから、……来たんです」

千秋   「……最終の新幹線で、彼は来ないかもしれない?
     来ても、プロポーズなんてなかったことになってるかもしれない?
     もしかしたらもう他に好きな人ができているかもしれない?
     会ったら別れ話をされるかもしれない?
     かもしれない、かもしれない、
     あなたの不安はぜーーんぶ、あなたの妄想じゃないの」

瀬崎   「でも……」

千秋   「彼が約束をやぶるかもしれない、それが怖いのね。
     瀬崎ちゃんにとっては、絶対に守ってほしい約束なんでしょう?」

瀬崎   「……僕はこれからもずっと彼と、一緒にいたい……」

千秋   「だったら、アナタから約束をやぶっちゃだめじゃないの」

瀬崎   「……」

千秋   「……飲んだくれて今日会えなかったらどうするの?
     せっかくの約束の日なのに。
     自分がフェアでいたとしても、相手がフェアでいてくれるとは限らないけど、
     自分がアンフェアでいたら、アンフェアしか返ってこないわよ。
     相手ときちんと向き合うことは、とても大事なの。
     ちゃんと迎えにいきなさい。
     もし彼から悲しい言葉をもらうようなら、
     その時は責任もってアタシが慰めてあげるから。
     手取り足取りたーっぷりね」

瀬崎   「……その時は、ほんとに責任とってよ」

千秋   「ええ勿論。アタシに二言はないわ」

瀬崎   「……うん……」

千秋   「……景気づけにもう一杯だけ飲んでから行きなさいよ」

瀬崎   「え?」

千秋   「ウィスキーは出さないけどね」

瀬崎   「……何を、作ってくれるんですか」

千秋   「ジントニック。
     同業の瀬崎ちゃんにこれを出すのはほんとはいやなんだけどっ」

瀬崎   「はは、シンプルだからごまかしききませんしね。
     でも千秋さんごまかしたりしないくせに。腕いいんだから」

千秋   「……今のあなたにぴったりだと思うから、作るのよ」

瀬崎   「え?」

千秋   「……知ってる? 花言葉みたいに、カクテルにも言葉があるって」

瀬崎   「あー聞いたことあります」

千秋   「ジントニックのカクテル言葉は、【強い意志】
     そして、【いつも希望を捨てない貴方へ】」

瀬崎   「……」

千秋   「はいどうぞ、召し上がれ」

瀬崎   「……いただきます……」

千秋   「……アナタの人生を変えてくれた出会いなんでしょう?
     不安な気持ちに負けないで。
     自分の想いを、貫きなさい」

瀬崎   「……うん」

千秋   「さあ、さっさと飲んでさっさと行きなさーい!」

瀬崎   「ええっゆっくり飲ませてよーー!」

千秋   「今度は彼と二人でいらっしゃい。
     そしたらゆっくり飲ませてあげるから」

瀬崎   「……二人で来れなかったら?」

千秋   「その時は、約束どおり、ちゃんと慰めてあげるわ」

瀬崎   「手取り足取り?」

千秋   「腰も取っちゃうわよ?」

瀬崎   「ははは」

千秋   「……いってらっしゃい」

瀬崎   「ありがとう千秋さん。
     ジントニックもアイリッシュコーヒーも美味しかったです!!」

千秋   「よいクリスマスを」

瀬崎   「いってきます!」